Touken Komachi







脇差 白鞘入り 拵付き
Wakizashi, Shirasaya, Koshirae
会津十一代兼定
Aizu Kanesada, 11th generation
【銘文】表 : 兼㝎
【寸法】刃長 39.6cm(1尺3寸0分6厘)、反り1.1 cm(3分6厘)、元幅 3.23cm、元重ね 0.71cm、目釘孔 1個、刀身重量 440.5g 、白鞘全長 59.3cm
【時代】江戸時代末期
【国】陸奥
【特徴】片切刃片菖蒲造、重ね厚く、身幅広く、元先の幅差はさほど変わらず、先反りつき、フクラ枯れる力強い姿。差表に二筋樋、差裏に棒樋を掻く。生茎、鑢目筋違、先浅い栗尻、目釘孔一。地鉄は小板目肌よく詰み、小杢目交じり、地沸細かにつく。刃文は、差表のみ直調に焼き出し浅く湾れ、差表は上半にかけて差裏は元から互の目乱れ、尖り刃や丁子刃を交え、足盛んに入り、沸よくつき、二重刃風に金線・砂流しかかり、飛び焼き入る。帽子は乱れ込み先尖りごころに長めに返る。

茶石目塗鞘脇差拵 : 丸龍図目貫(赤銅容彫)、梅擬図鐔(鉄地御多福木瓜形金象嵌)、波千鳥図縁頭(鉄地高彫色絵)、雲文鯉口金具(鉄地)、蜘蛛蝙蝠図栗形(鉄地金銀象嵌色絵)、雲文鐺(鉄地)

見どころ
差表を片切刃造りとし、差裏は通常なら平造りとなる所を菖蒲造りとして鎬を立てたやや異風の姿ですが、表裏に樋を掻き反りのつく姿で、差表茎に二字銘を切るところなど、三条宗近の「宗近」銘の作として伝えられる享保名物「海老名小鍛冶」を彷彿とさせる一口です。本作は作柄と筋違の鑢目、銘字などから会津十一代兼定の作と見られます。

 十一代兼定は、文久三年(1863)に京都に上がり十二月に和泉守を受領し銘を兼元から兼定に改めます。慶應元年(1865)まで在京し作刀しており、本作は銘の「兼」の字形が「兼元」銘時代の形に近いことから和泉守受領の直後頃に製作された可能性が高いと考えられます。同時期の年紀銘のある長さ二尺四寸五分の刀「銘 表 : 和泉守藤原朝臣兼㝎 裏 : 慶應元丑年八月日」(『會津十一代和泉守兼定』所載)は、兼定の作中でも長寸で比較的豪壮な姿に焼幅の広い迫力のある刃文を焼き、兼定の中でも珍しい作柄であることが指摘されており、本作はこれに一脈通じる気風が看取されます。

 千年の都である京都に身を置き、さらに尊王攘夷運動の高まりや八月十八日の政変などを目の当たりにした若き兼定が、大いに刺激を受けたことは想像に難くありません。代々受け継いできた自身のルーツである美濃伝の美点を抽出すると同時に、視界を広げて日本刀の原点に立ち返り、平安時代に京で槌を振るった名匠宗近の遺物や遺跡を辿りながら、あるいは室町将軍家から徳川将軍家に伝来した「海老名小鍛冶」の絵図の写本や伝聞などを参考にして、この一口を鍛えたのではないでしょうか。

参考文献 : 『日本刀銘鑑』石井昌國編著 本間薫山校閲 雄山閣 2003年、『會津十一代和泉守兼定』泰文堂 平成24年、『會津十一代和泉守兼定』星と森の詩美術館展覧会における外山登氏の講演会資料 平成29年

状態
わずかに小錆、ヒケがあります。

【付属品】素銅地銀着ハバキ、白鞘、白鞘袋、拵、登録証(福島県第15944号 昭和34年5月1日交付)、保存刀剣鑑定書(日本美術刀剣保存協会 H10.2.4発行 「会津・十代」の極め)

*会津兼定の代別については、『日本刀名鑑』によると弘治から天正頃の関兼定を初代とする説と慶長から数える説があり、慶長説を取れば十代が会津兼定の最後としています。平成10年の段階で十代と極められたのはこの慶長説によるものか、それとも十一代あると認識した上で十代と極められたのかが不明で、代別の判断の根拠を鑑定書に明記してあると後学の助けになると考えます。




【商品番号】A020817【価格】850,000円(消費税、国内送料込み)


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