Touken Komachi




脇差 白鞘入り
Wakizashi Shirasaya
加藤 綱俊
Kato Tsunatoshi
【銘文】表 : 於江府長壽斉綱俊 裏 : 文久三年三月日
【寸法】刃長 47.2cm(1尺5寸5分7厘)、反り 0.7cm(2分3厘)、元幅 2.88cm、元重ね 0.65cm、先幅 2.22cm、先重ね 0.62cm、目釘孔 2個、刀身重量 583g 、白鞘全長 75.5cm
【時代】江戸時代末期 文久三年(1863)
【国】武蔵(江戸)
【特徴】鎬造、庵棟、身幅広め、重ね厚めに、元先の幅差はさほどつかず、反り浅めにつき、中切先延びるがっしりとした姿。生茎、鑢目大筋違に化粧、先浅い栗尻、目釘孔二。地鉄は、小板目肌よくつみ地沸細かにつく。刃文は、匂い出来直刃調、小互の目刃交じり、匂口締まりごころ、足入り、叢沸つく。帽子は、直ぐに浅く湾れごころを交えて小丸に返る。

 米沢藩工加藤勘四郎國秀の子が、助太郎綱英と八郎綱俊である。兄の綱英は「綱秀」とも銘を切る。綱英門に赤間綱信、固山宗次らがいる。固山宗次は、作風が綱英より綱俊に似ていることから、弟の綱俊に教えを受けたと見る説もある。本作の作者である弟の綱俊は寛政九年(1797)生まれ、号を長運斎、文政六年頃から江戸麻布での作品がある。安政元年(1854)頃、長運斎の号を次男の是俊に譲り、長寿斎と号した。ちなみに、長男の五三郎は、仙台藩の鞘師西尾家の養子となっている。安政以降、綱俊と是俊の合作刀が見られ、綱俊の弟子に高橋長信、石道是一、青龍軒盛俊らがいる。綱俊の甥、政太郎は六代目石堂是一の聟となり、七代目運寿斎是一を襲名した。加藤綱俊一門は江戸で大いに繁栄し、とりわけ備前伝においては名門の水心子一門を凌ぐ評価を得ていたと伝えられる。綱俊は、文久三年(1863)十二月五日麻布板倉上杉の藩邸にて、享年六十六歳で没した。

参考文献 : 『寒山刀剣講座 第三巻』刀和会 大塚巧藝社 昭和五十五年、『日本刀全集 4』柴田和雄 墨賢蔵 1967年初版 1980年10刷、『日本刀講座 第6巻』本間薫山・佐藤寒山監修 雄山閣 平成9年

見どころ
綱俊の没年を文久二年とする文献もありますが、本作には文久三年の年紀銘が見られることから没年は文久三年で、本作は最晩年の作と見られます。濤瀾乱や丁子乱を得意とした綱俊ですが、本作は匂口締まりごころの直刃に小互の目刃が交じり足入り、部分的に叢沸つくといった直刃の中にも変化がある出来で、よくつんだ小板目肌が冴えるところなどにも、優れた特徴をよく現しています。
                                                                        
状態】表の物打ちあたりの地鉄の刃寄り部分に長さ2.5cmほどの縦割れ状の鍛え傷がありますが、その他は良好です。
【付属品】素銅地銀着金鍍金一重ハバキ、白鞘、白鞘袋、登録証(東京都県第8148号 平成弐拾七年拾弐月拾四日再交付)、特別保存刀剣鑑定書(日本美術刀剣保存協会平成28年7月21日)

【商品番号】A061117【価格】290,000円


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