Touken Komachi




脇差 白鞘入り
Wakizashi, Shirasaya
11代 和泉守兼定
The 11th generation Izumi no kami Kanesada
【銘文】表 : 和泉守兼㝎 裏 : 明治六年八月日
【寸法】刃長39.7cm(1尺3寸1分0厘)、反り0.5cm(1分6厘)、元幅 3.04cm、元重ね 0.62cm、先幅 2.15cm、先重ね 0.50cm、目釘孔 1個、刀身重量 386.5g 、白鞘全長 59.5cm
【時代】明治6年(1873)
【国】越後/会津

【特徴】鎬造、庵棟、身幅やや広く、重ね尋常、元先やや幅差つき、鎬筋高く、浅く反りがつき、中切先延びてフクラやや枯れる姿。

茎は、生茎、鑢目筋違、先入山形、目釘孔一。

地鉄は、小板目肌、杢交じり、流れごころの肌を交え、地沸つく。

刃文は、互の目が丸みを帯びた三本杉状となり、足入り、小沸よくつき、わずかに砂流しかかる。

帽子は、乱れ込み、沸づいて小丸に返り、先掃き掛ける。

見どころ
会津兼定は、室町時代末期、濃州住兼氏の末裔で三代兼定(通称疋定)の子である古川清右衛門兼定が、会津守護大名に仕えたのを始まりとし、蒲生・上杉・加藤・松平(保科)の各家に仕えて明治期まで繁栄します。掉尾を飾った11代和泉守兼定は、17歳(嘉永7年)頃から父の代作を行い、文久3年に26歳でに和泉守を受領し、和泉守兼定を襲名しました。質実剛健で保守的な会津気質に影響を受けた、総じて振りやすく切れ味にこだわった作を残しています。新撰組の副長・土方歳三も11代和泉守兼定の刀を自らの差料としています。

 11代和泉守兼定は、慶応4年8月、会津戦争では藩士らと会津若松城に籠城して弾丸鋳造の役目を任じられ、明治2年から7年までは越後加茂にて作刀を行いました。本作は、明治6年紀の加茂打ちで兼定36歳の作です。まだ受領銘を冠し「和泉守兼定」と銘を切っており、翌明治7年の年紀作には「大日本兼定」と銘を切ります。明治9年の太政官布告による廃刀令以降、福島県に奉職します。明治25年(54歳)、明治28年(59歳)、明治35年(66歳)の年紀作があり、刀の需要が少なかった時代にも作刀は行なっていたことがわかります。この明治25年紀の作は「大日本兼㝎」銘を、3年後の明治28年紀作では再び「和泉守兼㝎」銘を切っているのは興味深いところです。

 明治36年1月、陸軍砲兵工廠に召され同年3月に67歳で急逝しますが、刀 銘「表 : 於東京砲兵工廠兼㝎造之/裏 : 明治三十六年二月日」が現存し、この短い間に作刀を完成させていることが判っています。
 
 本作は、11代兼定の中でも数が少ないと見られる本造りの脇差で、身幅広めに鎬筋高く切先延びてやや寸の詰まった力のある姿が特徴的です。鍛え肌よく練れ、小沸出来の丸みを帯びた三本杉の刃文を焼いています。「会津十一代 和泉守兼㝎」(平成24年 泰文堂) 70頁所載刀で、関鍛治伝承館特別企画展「会津兼定 -美濃伝を受け継いだ名工-」展(令和元年)で展示されました。

状態】良好です。
【付属品】銀一重ハバキ、白鞘、白鞘袋、登録証(新潟 065826号 平成15年6月20日交付)、保存刀剣鑑定書( 日本美術刀剣保存協会H15.12.19発行)

【商品番号】A010220【価格】売約済


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